「泣いても始まらない」と、よく言われて育ちました。
泣くことは、この社会ではそれほど価値が置かれていません。
が、誰か大切な人(命)を亡くしたとき、悲嘆にくれ、その哀しみを人と共有するプロセスを持つと、その後にうつになる割合が低くなる、とどこかで読んだことがあります。
私は子供たちと付き合う仕事を多くしてきましたが、
子供たちは大泣きすることで、その後驚く程の元気を回復する様を見せてくれます。
大人である我々は、その回復する力を社会生活の中で押さえることを覚え、封印してしまいました。
最近、あまりに疲労困憊することが多く、仕事も手につかないので、今朝、試しにタオルを持って泣いてみました。
すると、後から後から涙がこみ上げてきて、止まりませんでした。
3月11日からこの間、誰もがあり得ない現実を前に、大変なショックを受けて生きてきたと思います。
どんな人も、本当に心の底に強いショックを受けていると思います。
津波の様子を見ただけでも、原発の水素爆発シーンを見ただけでも、大変なショックを受けて当然です。
そして、様々な現実に対応する必要に迫られ、ストレスは程度の大小あれ、ほとんどの人が受けたはずです。
泣けば全てが解決するとはまるで思えませんが、
人間の生体に組み込まれた「泣く」という機能は、このようなときのためにあるのでしょう。
少なくとも自分は、今朝大泣きしたことによって、幾分精神の安定度が回復し、仕事により手がつくようになりました。
さて、日本の男性は、女性よりも自殺率が高めです。
それは、弱さを見せたり、涙を見せることに対する抑制や不文律の制約があることも、一因ではないかと常々思っています。
大人も、男も、泣いていい。
そんなことを思います。
心を無理に奮い立たせるだけでなく、
悲嘆にくれながらでも、進んでいって良いのだと思います。
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