2011年3月31日木曜日

「泣くこと」について

「泣いても始まらない」と、よく言われて育ちました。
泣くことは、この社会ではそれほど価値が置かれていません。

が、誰か大切な人(命)を亡くしたとき、悲嘆にくれ、その哀しみを人と共有するプロセスを持つと、その後にうつになる割合が低くなる、とどこかで読んだことがあります。

私は子供たちと付き合う仕事を多くしてきましたが、
子供たちは大泣きすることで、その後驚く程の元気を回復する様を見せてくれます。
大人である我々は、その回復する力を社会生活の中で押さえることを覚え、封印してしまいました。

最近、あまりに疲労困憊することが多く、仕事も手につかないので、今朝、試しにタオルを持って泣いてみました。
すると、後から後から涙がこみ上げてきて、止まりませんでした。
3月11日からこの間、誰もがあり得ない現実を前に、大変なショックを受けて生きてきたと思います。
どんな人も、本当に心の底に強いショックを受けていると思います。
津波の様子を見ただけでも、原発の水素爆発シーンを見ただけでも、大変なショックを受けて当然です。
そして、様々な現実に対応する必要に迫られ、ストレスは程度の大小あれ、ほとんどの人が受けたはずです。

泣けば全てが解決するとはまるで思えませんが、
人間の生体に組み込まれた「泣く」という機能は、このようなときのためにあるのでしょう。
少なくとも自分は、今朝大泣きしたことによって、幾分精神の安定度が回復し、仕事により手がつくようになりました。

さて、日本の男性は、女性よりも自殺率が高めです。
それは、弱さを見せたり、涙を見せることに対する抑制や不文律の制約があることも、一因ではないかと常々思っています。

大人も、男も、泣いていい。
そんなことを思います。

心を無理に奮い立たせるだけでなく、
悲嘆にくれながらでも、進んでいって良いのだと思います。

311から3週間ほど経て。

この度の地震と津波でお亡くなりになられた方々のご冥福を、心よりお祈りいたします。
また、被災者の皆様の生活の安定回復を心より願っております。

3月11日からのこの3週間、怒濤のように日々が過ぎていきました。
私事ですが、我が連れ合いは福島出身の福島育ちです。
親戚、友人、知人が、福島県内にたくさんおります。
その中のいくらかの人は、東京や山形などに避難中です。
今、原発の状態がまだ不安定で予断が許さぬ中、非常にじりじりとした思いで日々生きております。

骨が弱いという障害を持ち、幼少期に大量のレントゲンを浴びてきた連れ合いは、
強度の電磁波アレルギーであったりし、また、原発事故をこれまでずっと恐れて、脱原発を叫んで生きてきました。

今回、本当に、よりによって故郷福島の原発が大事故を起こし、
未だ収束のめどが立たない、という事態の中で、
彼女も精神的にあり得ない程のショックとダメージを受け、
現在、PTSDといえるような状態かと思います。

福島の家族や、子供たちを思い、心配と心痛が止まぬ彼女の叫びを受け止める日々に、自分もかなり疲労困憊しました。

福島第一原発の状態が安定しないことには、本当に彼女が安心することは難しいと思われ、
また、冷却が安定しても、これから長期間、冷却や廃炉に時間を要する中、放射能漏れも一定程度は恐らく続く状況下では、
彼女の精神状態を考えると、
このまま東京に住み続けるのが困難であるぐらいの状況であると受け止めています。
それがたとえ「人体に直ちに影響はない」という微量な放射能量であっても、
今はかなり難しい感じです。

時の経過の中で、原発の状態がましになり、彼女の精神も落ち着きを取り戻せるならば違うかもしれませんが、現状、先行きが非常に不透明です。


しかし一方で、東京の我が家では、福島から親戚が滞在したり、一時帰宅したり、という状況があります。福島からすれば、東京は避難先です。
不思議な共同生活が、流動的な中で続きます。


このところ、東京の街は既に平静さを一見取り戻し、普通に回り始めているかのようです。
「311」を経て、私たちはどこへ向かうのでしょうか。
一時的に節電をし、また再び元のような暮らしに帰っていくことを指向するのでしょうか。
根本的に、我々の暮らしや生き方、社会のあり方、人間関係のありようを見直す時がまさに来たと、震撼するような思いの中で生きています。
多くの人が同じような思いの中でいらっしゃるのではないでしょうか。
これからが、きっとスタートです。本当の人生と、社会の。

今はひたすらに、第一原発の沈静化を祈り続けています。
祈りにならぬ祈りで、魂の切願として。

原発に依存せず、このような脅威のないエネルギー体制への移行を強く強く願います。
そのことに、これから本腰を入れていきたいと思います。